わさび抜きの握り寿司って、そんなのホースラディッシュ抜きのローストビーフ、山椒がかかっていない鰻の蒲焼、からしをつけないおでん、コショウが効いていないしょう油ラーメン、メイプルシロップがかかっていないパンケーキ、しつこいか。とにかくアンビリーバブルなのである。
僕は番組を見終わった後に猛烈にそれを確認したい衝動にかられ、次の日には取材を受けていた回転寿司のチェーン店に行った。その店は食べた後の皿を目の前の投入口にまるでゴミのように突っ込まないとだめだし、やたらピーピーと電子音があちこちで鳴り響くので好きではなかったのではあるが、僕の好奇心を抑えることはできなかった。
席に座ってテーブルに置かれてあるものを見ると、確かにわさびが入っている容器がある。大好きなツブ貝の寿司を取ってみて、箸でツブ貝を上げてみると確かにわさびは塗られていない。ふむ、どうやらテレビで言っていたことは真実のようだ。
まわりを見渡してみると子供連れが多い。コンベアをはさんで目の前の女の子がちらちらと僕を見る。僕は昔から何故か子供だけには好かれる。もちろん大人の女性の方がよい。実に残念なことである。
とにかく、わさび抜きの商品に需要があることは容易に理解できる。そしてわさび入りとわさび抜きの商品をそれぞれ出すのも非効率であることも容易に理解できる。大人がどうしているかを観察すると、小皿にしょう油を入れ、そこにわさびを入れてつけて食べていた。
そうなのだ。わさびがどうのこうのではなく経済効率によりスタイルが変わっただけなのだ。わさび入りと抜きとを別々に作り、ネタが乾いたらそれぞれを処分するのはめんどうだしもったいないから、わさびは全部抜かしてもらういます。わさびが欲しいならテーブルに置いてあるから勝手にやってね、ということなのである。経済至上主義をマイルドに押し付けているだけなのである。
僕は寿司を握ったり仕度をしている職人が中にいて、その人たちを囲むようにテーブルがありコンベアの上で皿にのった寿司が回っているようなオールドファッションな回転寿司屋が好きである。もちろんわさびはしっかりと入っている。お子様はわさび抜きの細巻きとか卵焼きを食べな、という店。
そういう店は回転しない寿司屋ほどではないけれど値段は高い。だから懐事情が寂しければ行かないというか行けない。
でもね、それでいいじゃない。江戸時代はファストフードであったにせよ、昭和に入ったら寿司を店で食べるなんてとんでもないことだったんだから。
だいたい子供にちらちら見られながら、親に気づかれないように変顔をして笑わせながら、大好きな寿司を食べたくはないのである。



